「指の動きが悪い」


「・・・はい?」
「指の動きが悪い」
アンナは同じ台詞を繰り返した。
首を傾げたサチがああ、という顔をする。
「しょうがないんじゃないかなあ、この気温じゃ指が凍っちゃうのも無理ないもん」
見遣った窓の外は猛吹雪。
いや、猛吹雪だろう、という表現が正しい。窓の内側は完全に曇りきり、外側は張り付いた雪でただ白。景色など欠片も望めない。
カタカタと揺れるガラスと唸るような風の音が外の状況を証明していた。
「不便だわ。何をするにもすごい不便。いざと言う時何も出来やしない!」
「いざという時って・・」
確かに間違ってはいない。いざ魔羅が襲来して指が凍って刀が上手く握れません、なんて冗談事では済まない。
さすがに部屋の中は暖房がきいているが、ちょっと水でも使おうものならたちまち全身寒気に襲われてしまう。それほどこの地は極寒なのだ。
・・っていうかこの吹雪の中魔羅来れるんだろうか・・?正直たどり着く前にカチコチになりそうな・・・
サチがかなりどうでも良い思考に入りかけていた時、アンナの台詞が引き戻した。
「こんなんじゃろくに商売(=降霊=見世物)も出来やしない!」
「そっちかよ!」


「・・・まあ、確かに指先が上手く使えないっていうのは困るわね、うん」
気を取り直してサチが言う。
深めの絨毯の上に座り込み、向かい合って指を伸ばす。
かくいうサチも、自分の指も動きが鈍っているのを感じていたからだ。
この天気で宿に足止めをくらい買出しにも行けぬ状況。折角なので繕いでもと思ったのだが、どうにも針運びが上手くゆかず投げ出したのがつい先程の事だった。
「適当に指動かしてりゃ戻るんだろうけど、効率悪いったら」
両手の指を屈伸させながらアンナが言う。
「うーん、何かそれなりに手先使うような事をするとか・・・」
「あ、編み物とかは?」
針仕事よりは断然細かくない作業だから、それなりに良い運動になるかもしれない。
「編み物ね〜、ガラじゃないのよね〜」
生産的ではあるけど、とアンナが付け足す。
いやここでガラがどうとか二の次でしょ、とサチが心中でだけで言う。
「編み棒無くても、指だけでも編めるらしいよ。指編みとかって」
「んー良さそうではあるけど・・・あたしどっちも編み方知らないわよ」
「・・・・・ごめんあたしも知らないや・・・」
あははーとサチが乾いた笑いを漏らす。
まあ宿の人とかに本とか無いか聞いてみるってのもありだけど、とサチがひとり呟く。
「あれ、本だけあってもダメか・・まず毛糸・・・」
そこでサチの言葉が途切れる。
アンナがじっと自分を見詰めてきていた。
「・・・な、なに・・・?」
にっ、とアンナが笑った。


「・・・で、なんでこうなるわけ・・・?」
「言い出したのはあんたでしょ、責任取んなさい」
どこか楽しげにアンナが返す。
それに溜息で返答したサチだが、
「あっほらしっかり前向いてなさい」
と言われ慌てて首の向きを元に戻す。
・・・なんでこうなる・・・?
既に二人は向かい合ってはいなかった。
後ろを向かせられたサチが、アンナに髪を弄られていた。

「サッちゃん髪伸びたわよねぇ」
「え、そう?」
「まぁ自分じゃ分かんないもんだけどねえ」
確かにちょっと前から邪魔になってきてる気がしなくもないような・・・言いながらもサチは大人しくアンナに髪を梳かされている。
「あー、あんた前で分けてるから分かんないんじゃない?気付く時って大体『前髪伸びたなー目に入って邪魔ー』だもん」
「えっそうなの?そんなもんなんだ?」
そんなもんよ、とアンナが櫛を下に置く。そしてどこから出したのか既にヘアゴムが数本手首に通されており、その指をわきわきと動かせた。
「さーてどうしよーかなー。とりあえず三つ編みから?」
「た、楽しそうだね・・・」
あまりに楽しげなアンナの口調に、微妙に脅えたような調子でサチが言う。
左右に分けた髪を更に3分して、ちゃくちゃくと編んでゆく。指の動きは少し硬いが、三つ編みぐらいなら支障は無い。
「そーよ髪で遊ぶのは女の子の醍醐味よ」
「・・・・そうなの?」
すとんと、心から落とされたような口調にアンナの手が止まる。
「・・そういやあんたあんまり髪いじんないわねえ」
「うーん・・お風呂入る時とか暑い日とかは縛ったりするけど」
それでもそれはただ一つに括っただけの至って簡素なものだ。
「やり方とか知らないしなあ」
あ、でも大分前近所のおばちゃんに遊ばれた事はあったなあ、とサチが呟いた所で、アンナが得心した。
自分を拾ったのは旅館の女将である木乃だったが、サチの育ての親は西岸寺の住職―――つまりは男親。
女の髪の結い方など教えろというのが無理な話だった。
「・・・・ふーん、じゃー今日はあたしがたっぷり遊んであげましょうかねぇ」
「えっ・・なんでそうなるの!?」
「はい出来た」
ぱちんとゴムを止めた手で側の机に立ててあった鏡を取る。
渡された鏡を覗き込んだサチがわぁ、と声を上げる。
「すごーい!きれー!」
アンナが後ろから覗くと、サチの心から感嘆したような顔が映っていた。
――覗くまでも無く分かっていたけれども。
「何言ってんのもっと綺麗にしてやるわよ。さぁ次はどう遊ぼうかしら〜」
「お、お手柔らかにオネガイシマス・・・」
サチが鏡を膝の上に置いて大人しく前を向く。
互いの顔が見えなくなってから、両者はクスリと笑いを漏らした。


「ん〜、難しい〜」
「ちょっとあんま引っ張らないようにしてよ」
「あ、うんそっかごめん」
少し大きめのノックが2回聞こえて、ドアノブがガチャリと回った。
「ちょっと二人とも閉じこもって何してんのさ、もう夕飯・・・・・」
そこでセンジュの言葉が途切れる。
揃って開いたドアに顔を向けた二人は口々に言う。
「えっ嘘今何時?」
「そういやこの部屋時計無いわね」
「うっわ時間なんかすっかり忘れてたー」
床にはゴムのみならずヘアピンが散らばり、中には飾りの付いたものも混じっていた。
サチは左右横から少しとられた髪が編み込まれていて、両端が後ろで一つに纏められ、残りの髪は緩く落としていた。纏まって軽く団子状になった部分に小さな飾りが光っている。
しかし今この時髪を弄っているのはサチで、手にはアンナの髪が握られている。最初と立場を入れ替えたアンナはサチに背を向け、鏡を諸手で捧げるように持っていた。
「残念、時間切れね」
「う、ホントに残念・・・」
「また教えてあげるわよ。幸いしばらく時間には困らなそうだし」
未だに風の音は弱まらない。窓の揺れを確かめてから同時にはたと気付く。
「・・・・・指」
「・・・・・普通に動くわね・・」
―――当初の目的を完全に忘れていた。
ただ目論見は上手くいったようで、今なら針仕事でも何ら遜色なくこなせそうだ。
同時に両手の指を屈伸させてから、同時に目を合わせた。
「・・・・・・・」
そして、同時に笑みを零す。
「――ご飯食べましょ」
「うん」
立ち上がろうとして―――怪訝な顔をしたのも同時。
「・・・センジュくーん?」
視線の先には男が一人、ドアを開けた体勢のまま停止していた。
「・・おーい?」
「・・・・・・」
サチがひらひらと手を振るが、反応が無い。
やがてアンナがぽつりと呟く。
「・・・・こういう付加効果があったか・・・」
「は?」
いや何でも、とアンナが言って、持ったままだった鏡を投げた。
「だっ!!」
センジュの額に綺麗にヒットしたそれは絨毯に落ち込み、当たった本人はその場にしゃがみ込んだ。
「〜〜〜〜〜!!」
どうやら声にもならないらしい。
引き攣った顔のまま一瞬だけ固まっていたサチが我に返る。
「アンナちゃん!角は痛いよ角は!」
「何言ってんの。角じゃなかったら鏡割れちゃうじゃないの」
「センジュ君の頭が割れるのはオッケーなのか!」
微妙に物騒な問答をした所で、センジュが額を押さえたままふらりと立ち上がった。
「・・・夕飯だってば・・」
それだけの台詞に、サチが眉を上げる。
常だったら文句の一つでも飛んでくるのに。
「ほらサッちゃん行きましょ、ご飯ご飯」
「あ、うん」
先に立ち上がったアンナに続こうとした所で、あ、と止まる。
「これ、先に外した方がいいかな?」
綺麗にしてもらったけどすぐお風呂だしなあ、とサチが頭に手を添える。
アンナはサチに視線を遣ってから、ちらりとセンジュにそれを移し、またサチに戻した。
「・・いいんじゃない?そのままにしとけば?」
「そっか、やっぱり勿体無いしねえ」
「そうそう、まだそのままにしといてやんなさいよ」
「は?」
腑に落ちないアンナの台詞に疑問の声音が落ちる。しかしアンナはそれには答えず、サチを促して部屋を出た。
先に行くこともせずドアの所に立ったままだったセンジュは、それから二人に続いた。


「あ、サッちゃんあんたさっき髪邪魔な気がするだのなんだのって言ってたけど」
「ん?うん」
「切ったらダメよ」
「え、なんでっ?」
「長いほうが遊びやすいもの」
「あ、うーん、・・・・あ、そっか確かに短くちゃこんな風に出来ないもんね・・そっか」
「そーそー、楽しいでしょ?髪いじるの」
「うん、面白い!」
「おまけに付加効果もついてくるし」
「・・・・付加効果?」










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