「新年会?」
「そう」



「毎年恒例で晦日から年始にかけて新年会をやるんだよ」
「・・・はあ・・・」
「仏国土って結構広いから普段会わない仏もかなりいるんだけど、その時はいっせいに集まってきてね。初めから終わりまで会場にいても全員の顔全然見きれないぐらいたくさん来るんだよ。すごいのなんの」
「会場・・・」
仏国土って・・・仏様って一体・・・・
にこにこと話すセンジュの横でサチがどこか遠い目になる。
何この俗っぷり・・?そりゃあ幾百幾千とも知れぬ仏様が揃えばそれは壮観だろうが。
そういえば前テニスの大会がどうとか言ってなかったっけ・・・?
自分の仏教観が崩れていく感覚を覚えつつ、『いや待てこいつが来た瞬間から既に総崩れじゃないか・・?』という正直気付きたくなかったような事実に気付く。
「・・〜〜〜!」
頭を抱えたくなったサチだが、横のセンジュは皿を拭きながらほけほけと続ける。
「今頃みんな大忙しだよ。大掃除とかと同時平行だからな〜」
あははと言うセンジュにサチが顔を上げる。
「いっつもこの時期になるとばったばたでね。準備が終わらなくて夜中になってもどこも明かりが消えないんだよ」
皿を台に置いて、次の食器を手に取る。
「窓から他の家見たらまだ明かり付いてて、あーあそこまだがんばってるなーって」
で当日の出し物がまたすごい力作なんだよねー、とセンジュが笑う。
「・・・・・・」
サチが茶碗を洗う手は止まっており、蛇口から水が落ちる音が大きく響く。
時の間センジュを見つめていたサチだが、やがて視線を手元に戻した。
しかし茶碗の縁を一つ擦った所で再度手の動きが止まってしまった。
少しだけ顔を俯ける。
「・・・・・あのさぁ」
「ん?」
ぽつりとした呼び掛けにセンジュがサチを見る。
サチはその視線を真っ直ぐ見返して、今度ははっきりと言った。

「あんたら、年末帰りなさい」





ばちんっ!
「―――いって!!」
突如激痛が走る。
赤くなった額を押さえながらセンジュが叫ぶ。
「っいきなりなにするんだよジゾウ君!!」
「ぼけっと突っ立ってるからだ、阿呆。その箒はお前の頬杖用じゃねえぞ」
かなり強いでこピンをお見舞いした手をひらひらさせながらしれっと言うジゾウ。
ぐー、と呻きながら事実である為何も言い返せない。
二人が立っている横を幾人かが忙しそうに通り過ぎていった。
大晦日。
人界の西岸寺にいた仏の面々は、昨日夕刻より仏国土に戻っていた。
「さすがに当日じゃ一通り装飾も終わってるからろくに仕事もねえがな、お前自分で廊下掃除立候補しといてそれはねーだろうがコラ」
「うっ・・それは悪かったよ」
さすがにこの言い合いは分が悪い。センジュが一歩後ずさる。
「つーかてめえ昨日からぼーっとしすぎだ。あっちでもこっちでも気が付いたら呆けるのをどうにかしろ!」
言われたセンジュは、どうにかしろと言われた直後にもかかわらずまさに呆けた。
「・・・・・・そうだっけ?」
「そうだろがぁ!」
ぐわっとジゾウが叫ぶ。対するセンジュは驚いた顔になる。
「ジゾウ君よく見てるねえ」
「それは急造の飛び入り準備班つくって俺が班長でお前が班員だからだろうがあぁ!!」
「ごがっ!!」
ジゾウが手にしていた司会者用マイクを力の限り投げ付ける。鈍い音がしてセンジュが派手に倒れた。
倒れ込むと同時に、側に置いてあったバケツが倒れて中の雑巾が宙に浮いたのが視界に入った。
――――『多分雑巾が足りなくなるなあ。何枚か縫っとかなきゃ。』
数日前にそんな事を言っていた。


もう縫ったのかな。


乾いた雑巾がぱさりと落ちた。





『・・・・・・・・・・はぁ!!?』
『うん、帰れ。決定』
『ちょ、ちょっと待てぇ!!』
『何よあたし大量の茶碗洗いに忙しいのよ。ったく大所帯はこれだから』
『茶碗はいいから人の話を聞け―――!!』
ちゃくちゃく食器を洗い始めたサチにセンジュが叫ぶ。
普段と完全に立場が逆転している二人だが、センジュはそんな事に思い当たる暇も得られぬまま続けた。
『帰れってなにさ!帰れるわけないだろ!』
当然だった。いつ何時魔羅が襲ってくるとも限らないからこその護衛。
それをいきなり「帰れ」と!?
『その点は大丈夫』
サチが箸をまとめて濯ぎながら言う。
『うちの町内も大晦日から新年会があるんだけど、宴会場所は毎年交代制になってるの』
じゃらじゃらと木の擦れる音がして、止まる。軽く降って水気を切ってからカゴに置く。
『今年はうちよ。30日から町内の人が大勢集まるし、今うちの寺は箕浦組のみんなもいる』
人の多いところに魔羅は来ないんでしょ?とあっさり言う。
あまりにもさらりとした口調に少しの間固まっていたセンジュだが、はっと我に返る。
『いやでも―――』
言い募ろうとしたセンジュだが、きっぱりとした言葉が打ち消した。
『決定ね』





「――――だよ!?どうなのコレ!?」
「ははは、それは何も言い返せないなあ」
「ショウ兄さん!」
「あっはっはごめんごめん」
既に空は赤く染まっている。
後の準備は厨房班のみという事で、少し前に半数以上の者はお払い箱になった。
帰り道にたまたま遭遇した聖観音。途中この野原になんとなく落ち着いた。
まあ夜まで何をする事も無いので暇潰しにはなる。
なだらかな丘状になったこの場所は、地平に夕日の沈む様がとても綺麗に見えた。
周りの草一面が赤く照らされ、一時の間赤一色になる。
センジュは昨日も同じ時間帯にここを通ったが、綺麗だな、という言葉と同時に、
―――見せてあげたいな、という言葉が浮かんだ。
「サッちゃんがなんだかんだ言ってジゾウ君たちも撃沈させたしさ、大日如来様たちもあっさりOK出すしさあ・・」
「あー後者の方はー・・・」
ショウが言いかけて空を仰ぐ。
「・・・・まあいいや」
センジュが怪訝な顔をしたが、次のショウの台詞に打ち消された。
「優しい方だなあ」
ぴく、とセンジュの肩が動く。
「お前の話聞いたからそんな事仰ったんだろ」
「・・・・・・・」
少しの沈黙の後、言葉の代わりに大きな溜息を吐く。
「・・・言わなきゃよかったとかまで思えてきたからよけい嫌になるよ・・・」
それは違うと思うから。
心から嘘偽りなく話した。毎年面白くて、楽しみにしていて。
けれど、今。
項垂れた頭を風がさらって、髪が僅かになびく。
「『家』の大事さを分かってらっしゃるんだな」
センジュの頭をくしゃりと撫でてショウが言う。
「家・・・」
センジュが頭を僅かに上げる。
「詳しい事は知らんが、ミロク様はご両親がおられなかったんだったか?」
「え、」
うん、と言おうとしてセンジュが止まる。
何か。
今、何かがひっかかった。
穏やかな顔で笑んだままショウが続ける。
「確か、寺の和尚に拾われたとか?」
『境内に』



―――――――――――あ。



ガラーン、と遠い鐘の音が響いた。
「お、そろそろ始まるな」
ショウが彼方を振り返って言う。日はとうに沈んでいた。
「ショウ兄さん」
「ん?」
センジュは西の地平を見据えたまま言った。
「ごめん、帰る」
「そうか」
センジュのきっぱりとした口調に、さして驚くでもなくショウが返す。
さっとセンジュが立ち上がる。
「ジゾウ君に後よろしくって言っといて」
「わかった。ミロク様によろしくと言っておいてくれ」
「わかった」
言うがだっと駆け出すセンジュ。その背に、相変わらず穏やかな顔のままでショウが声を掛けた。
「気を付けてな」
一瞬だけセンジュが振り返る。

「――――わかった!」













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