・・・・

・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・んん・・・?






「あ、おはようサッちゃん」
「おはようございますミロク様」
障子を開けて現れたサチに声を掛ける。
が、
「・・・・・・・」
―――俯き加減だった顔がゆっくりと上がる。
さして経たずに、朝の爽やかな空気には不似合いな―――翳った視線とぶつかった。
「・・・サッちゃん?」
「・・・・・・・」
無言。
サチはただひたすら眉を寄せたままの表情を向けるだけ。
そんな訳の分からない膠着状態を打ち破ったのは次の一声だった。
「・・・何したのあんた?」
サチの背後から現れたアンナだった。
何もしてない!と揃って声を上げかけたセンジュとジゾウだったが、振り返ったサチがぶんぶん首を振っているのに気付く。
よく見れば、アンナの目はサチに向いていた。
「いや何もしてないって事はないでしょー?昨日熱あったじゃない。無理がたたったんじゃないのー?・・・・はぁ、早く寝た。で結局その状態じゃしょうがないわねぇ」
「・・・・・・・何なんだ一体?」
ジゾウの言葉にアンナがようやく視線を寄越す。
がっくりと肩を落としているサチ。それに構わず変わらない口調でアンナが言った。

「声が出ないって」






「えー、こっちの方が可愛くない?」
「うーん使い勝手は確かにこっちのが良さそうだけど。でもデザインの方が大事だって!」
「・・あ、値段ね。うんまあ確かに値段も大事よね。うん。・・・いやでもやっぱり・・・・う――ん」
「・・・・・・」
センジュがぽかんと口を開けて見遣る。
サチとアンナが雑誌を目の前に向かい合って何やら議論している。
―――実際声を出しているのはアンナだけだが。
会話が成立しているらしい事に驚きつつ眺めていると、ふいにサチがセンジュに顔を向けた。
あ、とセンジュが思わず声を漏らす。
サチが、なに?という顔で首を傾げた。
「あ・・いや、サッちゃん寝てなくて大丈夫なの?」
そう言うと、サチが右手をかざしながら顔を振るのと同時に、
「身体の調子はもう全然平気だって」
顔を並べたアンナが口を開く。
続けてサチが喉を押さえ、
「ただなんでか喉に集中してキたみたいで、特に咳が出てたとかでもないのになんか納得いかなくて腹立つ」
とアンナ。
「・・・・・・・」
妙な連携プレーに、センジュが再度口を開けたまま呆ける。
(・・・・・・通訳・・・・・・)
サチが心中で呟く。
「ああそうね、通訳料考えとかなきゃ。いくらにしようかしら」
(金取るのかよ!!いらないいらないじゃあ通訳いらないから!!)
ぶんぶんと首を振るサチ。アンナがひらひらと手を振り、
「やーねー冗談よ冗談」
嘘だ絶対半分以上本気だった!
サチはややむくれつつ、ぱらりとページをめくった。

―――まさか、ここまで正確に読めるとは。

実際の所、センジュ以上にサチは驚いていた。
雑多なレイアウトで並ぶ商品写真をざっと眺めると、バッグの一つに目が留まった。
「あそれいいわね。色も合わせやすそう」
・・・きちんと会話が成り立っている。びっくりだ。

それだけアンナの力が凄いという事だ。

「いや、あんたが読みやすいってのもあるんじゃない?」
ふと落とされた言葉にサチが目線を上げる。
アンナは雑誌に目を向けたまま続けた。
「見られたくないって奥底に沈めてるんなら、視えにくいってのもあるわよ。あんたが開けっぴろげなだけじゃないの」
(・・そうなのかしら)
「そーよ」
アンナがページを1つめくる。
「大体読まれるって分かってんのに開けっぴろげな奴の方が珍しいわよ」
サチが目を丸くする。
(・・・そう?)
「そーだって」
テーブルに頬杖をつき、やはり変わらぬ口調でアンナが継いだ。


「頭の中で考えてる事を読まれるなんて不快以外の何物でもないでしょ」


(・・・・・)
サチが少し目を見開いた後、考え込むような表情になる。
やがて、ふいに。
―――サチの言葉がアンナに流れ込んだ。
(・・・・・・・今まで風邪とか声の出しすぎとかで声が掠れたりした事はあったんだけど)
「は?」
アンナが怪訝な顔になる。
(起きたら声が全然出なくなってんの。いきなりで呆然状態だったわ。ていうか愕然だったわ)
「・・・はあ」
何を言いたいのかさっぱり読めない。心を読んでるにも拘らず読めない。
いやそれ考えてる内容自体理解不能って事?それってどうなの。
(声が出ないって事がこんなに不便なんて思ってなかった。ほんっとに全く出ないんだもの。正直筆談しかないかなって思ってたのよ。かなりめんどくさいけど)
(でも、)
サチがアンナの目をぴたりと見据えた。
(――ちゃんとアンナちゃんと話せてるんだもん。びっくりした。すごい!)
アンナが瞠目する。
(声出ないのに、あたしの言いたい事、きちんとわかってくれてるの)
(―――本当に助かってる!)

(ありがとう!)

そう『言う』サチの顔は、真に台詞を体現したような、


笑顔。


「・・・・・・・・・・」
アンナがしばし沈黙する。
―――そのうちすうと右手が上がって、
(痛っ!?)
べしっとでこピンを一発、サチの額に喰らわせた。
(いっ・・・ちょっなによー!?)
「別に」
アンナは表情を変えず、ただ顔を背けた。
サチは恨みがましい視線をアンナの横顔に送っている。アンナに流れ込んでくるサチの声は、サチの表情とまるきり一致したものでしかなく。
ただ、開けっ広げな。

・・・・サチが周りの奴等共に、おめでたいだのどうのこうの言ってるけど。

  ―――こんな能力に対して、

  予想外の、反応。


――――――あんたも相当おめでたいわよ。


はああとアンナが溜息を吐く。
(ちょおおっと溜息吐きたいのはこっちだっての!)
その叫びにアンナが顔を戻すと、未だ非難の色濃い眼差し、顔、―――『声』。
「・・・・・これ」
言いさしてアンナが、とん、と人差し指を雑誌の上に置く。
サチがちょっと目を開いてから、視線を落とす。
これからの時期に合いそうな布地の、淡い色の服。
「・・・そこの店にね、よく似たのが置いてあったのよね」
?とサチが目を瞬かせる。

「―――あんたに似合いそうだわ。見に行きましょ」

サチが目を丸くする。
(・・・・・・)
再度目を瞬かせてから、―――今度はサチが人差し指をとん、と置いた。
(・・・こういうのあるかなあ)
やや、濃い色合いの服。
(・・こういうのも似合うと思う。―――アンナちゃんは)
今度はアンナの目が丸くなる。
ちょっと見詰め合ってから――――
「・・・早速行っちゃうか」
(――行っちゃいますか)
同時に笑った。

「・・・・一体、何を話してたの?君ら」
サチとアンナが振り返ると、余程読めない光景だったのか、センジュがひどく怪訝そうな顔を向けていた。
サチがアンナに視線を向ける。喋れないのでは説明も出来ない。
が。

「――――只今、通訳業休憩中」

「へ?」
(―――へ?)
センジュとサチが呆気に取られる。
「え、・・はい?」
「休憩中〜」
そう言って、アンナがにやっと笑う。
思い切り胡乱気な表情になったセンジュがサチに視線を移す。
サチはまじまじとした顔でアンナを見、次いでセンジュを見た。
そしてちょっとの間、ぱちぱちと瞬きをして。
それから。

――――人差し指を一本、口に当てて。

悪戯っぽく、笑んだ。


「――――――」
センジュが声を失う。
二人がぱたぱたと部屋を出て行くのを見送った後、ぽつりと呟く。

「なんか・・・ずるい気がする・・・・」

・・・・色々と。





「あ、これいいかも」
(アンナちゃんこっちこっち!)
「うわこの店以外に品揃えいいし!破産させようって陰謀!?」
(あはははは!)










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