枝に輪を通す。
硬い葉の間に引っ掛けてから、吊ったそれを見遣る。
茶色い粘土のジンジャークッキー。
「・・・・・・」
・・・なぜ、こんな事に。



「オラー急げおまえらぁ!!」
「あってめーコード踏んづけんな!!」
部屋の外から威勢のいい声が聞こえてくる。
正座したサチがちょっと振り返り、そして首を戻した。
「・・・・・・」
改めてしげしげと仰ぐ。
天井に向けて高々と頭を伸ばした―――モミの木。
本日は12月24日。
針のような葉の上に白い綿がくるくると渡された三角錐の樹木は、紛う事なきクリスマスツリーだった。


『クリスマスパーティーがしたい!!』
今朝の食卓でそう言い出したのは誰だったか。
一瞬静まり返った後、広間中に妙などよめきが上がった。
『クリスマスパーティー・・・!!そういや今日24日じゃねえか!!』
『うおお危ねえ!!なぜこんな重要な事忘れてたんだ俺達!!』
元ヤクザの僧達が口々に言う。
『野郎ども!!今から準備だ!!夜までに間に合わせるぞ――!!』
お――!!という男達の応えを聞きながら、サチは止めたままの箸をつける事も忘れ、唖然とした顔で呟いた。
・・・・寺なのに?


「・・・・・・」
純和室にそびえ立つクリスマスツリー。
どこから持ち込んできたのか、模造などではなく本物のモミの木だった。
サチの頭よりもずっと高く、煉瓦鉢の下には重さで畳が潰れぬよう深い絨毯が敷いてあった。
本当にどこから調達してきたのか。どう見てもそこらのデパートには売っていなさそうな代物だ。
「だから何故寺でクリスマス・・・」
ツリー飾り付け担当のサチが一人ごちる。
本当は賄い班だったのだが、当初飾り付けをしていた組員達が『もっときらびやかに』などと言ってお供え用の金杯諸々を逆さに載せたりするものだから、巡りめぐってサチにお鉢が回ってきた。南田曰く『お願いですどうかまともなクリスマスツリーにしてやって下さい』。
自分に美的センスなど期待されても。いやいやというかだから根本的な問題はそこではなく。
首を振りつつサチが箱の中から別の飾りを手にした瞬間、がらりと障子が開いた。
「サッちゃーんこれも使ってくれってー」
「うわああ寺どころか仏がいたし!!」
突如叫んだサチに部屋に入りかけたセンジュがびくっと肩を竦ませる。
「仏閣とか坊主とか目じゃなかったぁ!!その信仰対象がここにぃ!!」
「えっ、え!?」
畳をばんばん叩きながら突っ伏すサチに、訳の分からないセンジュが目を白黒させる。
時の間頭を抱えていたサチがやがてぽつりと呟いた。
「・・・・・いや、ごめんなんでもない・・・」
「・・・・・・・そう・・?」
どう考えても何でも無くないだろうと思いながら、センジュが抱えていた箱を降ろす。
「はい。これも使ってって」
真新しいダンボールの中には色とりどりのオーナメントが入っていた。
「うわぁ・・・このモミの木といいなんて本格的な」
「キレイでいいんじゃない?」
センジュがほけほけと笑う。箱二つ分の飾りをどうしたものかと見比べていたサチが顔を上げる。
「・・・ちなみにクリスマスパーティー、仏サマとしてはいかがなものでしょうか」
「面白そうだよね。楽しみー」
顎に親指と人差し指を添えたセンジュがキラリと笑う。
「あ、左様ですか・・・」
「・・・サッちゃん、なんで敬語なの?」
気分、と応えたサチが飾りをつまんで葉に掛ける。銀メッキの丸いボールが揺れた。
「ほんと楽しみだねえ。クリスマスパーティーなんてしたことないなぁ」
そりゃそうだろうと言いかけてサチの口が止まる。
・・・そうか、した事ないのか。
つまる所、組員達がどんちゃん騒ぎがしたいのは明白だった。
町中がクリスマスムードで浮かれているのも大きいだろう。皆はそれに便乗したいのだ。それから、
―――自分と違い最近ここに居座った彼等にとって、このイベントは馴染みの深いものなのかもしれない。
・・・まあ、別に寺でクリスマスを祝ったってどうなる訳でもない、けれど。
そうサチが考えていると、横から声が掛かった。
「サッちゃんはクリスマスした事ある?」
ぱちりと瞬く。
「・・・・・や、あるわけないし」
そう答えながら、そういえばまず自分がしたことない、とサチが思った。当たり前なのだが。
しかし次いで出された台詞に目を丸くした。
「―――そっか、じゃ楽しみだね」
そう言って、にこりと笑うセンジュ。
サチがその顔をまじまじと見詰める。
それからきらびやかな色で一杯の箱を見、ツリーを見上げた。
その様子にセンジュが首を傾げる。何か変なことを言っただろうか。
呆けたようにツリーを見上げるサチ。やがて視線はそのままに口を開いた。
「・・・お寺でクリスマスパーティー、どう思われます?」
だから何故敬語、とセンジュが思いつつ返した。
「うん、いいんじゃない?」
その言葉を聞いたサチが、一秒、二秒と置いて―――
――――ゆるゆると、相好を崩した。
センジュが僅かに目を見開く。サチがくすくすと笑い始めた。笑顔というよりは苦笑。
「あーもう・・・分かった、好きにすれば」
分かった。もう好きにしたらいい。確かに仏教徒がクリスマス祝ったって何がどうなる訳でもない。おまけにご本尊の許諾付き。
「でもクリスマスって・・・どんな寺だ」
なかなか笑いが止まないらしいサチにセンジュが首を傾げ、そのうちつられたように笑みを浮かべた。
なんだかよく分からないが。 ―――楽しそうだからいいか。
「さて、飾ってしまわなくちゃ!」
サチがぱんと手を叩く。が、
「・・・これ全部は無理、絶対」
サチがオーナメントで一杯のダンボール、×2を一瞥する。
どう見積もっても無理だ。確実に全表面が埋め尽くされる。これを全て装備したら木に飾るというより木が飾りになってしまう。
「どっかに吊り下げる?廊下とか玄関とか」
「ますますどんな寺!?」
とりあえず飾れるだけ飾って残りはその後考えようという事に落ち着き、二人でデコレーションに取り掛かった。
「そうか、イエス・キリスト?の誕生日だっけ」
「実際は春生まれらしいわよ」
「えっ、そうなの!?」
「ていうかセンジュ君、別に持ち場あるんじゃないの」
「ジゾウ君に押し付けてきたから大丈夫」
「・・・・」
他愛も無いことを喋りながらオーナメントを掛けてゆく。
やがて、サチが3、4歩後ろに下がってモミの木を眺めた。
「・・・うん、こんなもんかな?」
サチが頷く。緑と雪を模した綿はかなりの面積が彩られ、反射した金属質の光に少しだけ目を細めた。
こういった経験があるわけではないから見聞きした知識のみが頼りだったが、町の中で見かけたものは確かこんな感じだったと思う。少なくとも仏具が飾られたのよりかは絶対マシだ。
「じゃ、ラスト」
サチが右の手指に挟んだ飾りを手の平に掴み直す。
金色の星。
組員達がクリスマスツリーの天辺にはやっぱり星だろうなどと言い合っていたが、まあそうかもしれない。本の挿絵のツリーも一番上には黄色の星がお決まりだった。
「・・・・っていうか、」
届かないし。
腕を伸ばしたサチが唸った。頂までの距離が大分斜めになっているのが悔しい。もうちょっと木の中に入り込めたら届きそうなのだが、下手に体重をかけたら枝が折れてしまう。
椅子、と思った瞬間、ふっと真後ろに気配が立った。
肩越しに伸びた手がひょいとオーナメントを奪い取る。そのままぽんと天辺に挿し込まれた。サチの右耳の横を腕が抜ける。
――――これもお決まりか。
唖然とした顔のサチが心中で落とす。
が、何故かその眉が次第に寄せられていった。
・・・・これはいつまで経っても背の追いつけないあたしへの嫌がらせか?
一向に振り返ろうとしないサチに、後ろのセンジュはしまった、と思っていた。
身長に差がつくようになってから、サチがその手の話題に関して不機嫌な顔をするようになったからだ。
この間は完全な八つ当たりで殴られた。マズイ。
サチの背に機嫌の悪さを感じ取って、センジュが残った飾りの入った箱にそろり手を伸ばす。逃げるが勝ち。
しかしセンジュが箱を抱えた瞬間、怒鳴り声の代わりに―――拗ねたような声音がぽつりと落とされた。
「・・・・・・・・意地悪」
半拍置いて。
がっしゃん!!という派手な音にサチが飛び上がった。
振り向くと、センジュが箱を取り落とし中身が床一面に散らばっていた。
「ぎゃー!!ちょっとなにやってんのあんたー!!」
「え・・・っいや、その、なんていうか、予想外・・っ?」
「はぁ?」
センジュは待ったをかけるように片手を突き出して頭をぶんぶん振っている。
「訳の分かんない事言ってないでとっとと拾う!」
サチが仁王立ちでびしっと指す。センジュが頷きつつ、そんな事言ったって、などとぶつぶつ呟いている。
それに胡乱な視線を向けながらサチも畳一面に転がったオーナメントを拾い始める。
サンタが3人連なった可愛らしいモビールをつまんだ所で、ふとサチが考える。
・・・本当に廊下とか玄関に吊るすつもりかしら。
上から順にサンタの顔を一人ずつじっと眺めて、なんとなくその様を想像してみる。
「・・・だから、どんな寺よ」
「ん?」
ぽつりと呟いたサチにセンジュが顔を向ける。だが次の瞬間。
「―――絶対参拝者の人ビックリする!」
サチが思い切り笑い出した。
ダメだ。なんかテンションおかしくなってきた気がする。
これはきっと寺中の気分が舞い上がっているせいだ。だって窓の向こうの賑やかな声は止むことなくずっと続いている。
サチはそう自認したが、一方でそれでもいいかと思い始めていた。何しろ今日はクリスマスらしいから。
「・・・飾るよ?だってもったいないじゃんか」
サチの様を見ていたセンジュがにっと口を開く。輪っかを指に通して回転させると、縞模様のキャンディーがくるりと円を描いた。
「イヤよどんどんわけの分からない寺になってくじゃないの」
即答したサチだが、やはりその顔は笑んだままだ。
「そんなことないよほらこんなにカラフルー」
いつの間にやらセンジュが五本の指にじゃらっとオーナメントを引っ掛けていて、それをサチの目の前にずいっと突き出した。すると、
「い・や!」
全く説得力の無い顔でもって返事が返った。



陽の傾きが早い昨今、見はるかす空は既に茜色。
寺中が一層の賑々しさに包まれるまであと一刻。












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