一歩踏み出したサンダルに水が跳ねた。
「はあ、いいかげん晴れてくれないものかしら」
「明日も雨みたいよ」
「はあぁ」
「いいじゃないか。ゆっくりできるし」
「それはいい。いやよくない。よくないけど、仮にいいとしてもやっぱり困る」
「なんで?」
「洗濯物が乾かない」
きっぱりと生活感溢れる意見を述べたサチに、思わずセンジュが笑った。


入り組んだ路地を二つの傘が進んでゆく。道幅が狭くて並んでは行けないので、前後になって水溜りだらけの道を歩んでいた。
「どのへん?」
「もうちょっと」
前を歩くサチが曲がり角を折れる。手には厚紙に綴じられた文書があった。
回覧板が一番最後に回ってきたのだ。いつもだともっと先に渡されるのだが、今回は町内をどう回覧されたものか、最後の最後になって寺に回ってきた。
仕方も無しに、離れたところに位置する町長宅に返却しに行く道々なのだ。雨除けの袋に入れたそれを腕に掛けなおす。
「ここすごい狭いねー」
後ろから掛けられた声に、サチが振り返る。
「でしょ。あっちこっち道が分かれてて、かくれんぼとか鬼ごっこにはぴったりだからいつもは子どもがたくさん走ってるんだけどね」
さすがに今日はそれも無い。雨の降る小道に人の姿は見受けられなかった。
「ていうか、今向こうから人歩いてこられたら絶対通りにくいわね」
「なんか言った?」
「ん?別に」
サチが肩に乗せた柄を回転させる。別に回す必要なんてないのだが、手持ち無沙汰なのか気が付いたら回してしまう。不思議。
「ついついやっちゃうのよね」
「なに?」
「ううん、なにも」
「聞こえない」
「大したことじゃないー」
前方を向いたままのサチが大きめの声を張った。センジュがむ、と眉を寄せる。
先刻から多少雨脚が強まっている上に傘が壁になっており、前の声がはっきり届かないのだ。
サチがまた傘を回転させた。その時ふと昔の記憶が落ちてくる。
「・・・調子に乗って左右に回してたら、持ち手のところがねじ切れたっけ」
呟いたサチに、また後ろから声が飛んだ。
「なーにー?」
「いや独り言」
返しつつ、そろりと傘を回す手を止めた。あの時は金属がこんなに簡単にぽっきり千切れてしまうものかと唖然としたものだ。
いけない気を付けよう。あでもまた知らないうちに回しちゃいそう。
そんな事を考えていると、後方でかちりという音がしたような気がした。
瞬間ふっと手が伸びてきて掴んでいた柄をさらう。

―――あっさり奪われた傘に、二人が収まっていた。

「・・・・・」
サチがほけっとした顔で横を見遣った。それを正面から見返したセンジュが口を開く。
「聞こえない」
一語一語を強調するように発された台詞を受け止めて、サチがやはり呆けたような表情で瞬く。それからやおら顔を逸らして答えた。
「・・・・・忘れちゃったわ」
何それ、と言うセンジュをよそに並んで歩き出す。サチが隠すように片手を頬に当てた。
び、びっくりした。
自分の頬に熱がのぼるのを感じて呻く。うう、もう。
あ、そういえばこれで傘回しちゃう心配なくなったわ、という思考がふと浮かぶ。直後今この瞬間激しくどうでもいいと自らに突っ込んだ。
溜息を吐いて伏せた視線をちらりと滑らせると、柄を握るセンジュの手が見えた。更に向こうには、畳まれた傘。
それからしばしの間を挟んで、
「・・・・・・・傘をね」
「ん?」
つと話し出した声にセンジュが振り向いた。
「前、傘回しすぎて柄のとこぼきってやっちゃったの。ってさっき言ったのよ」
手を当てたまま、顔を上げたサチが漸うセンジュを見た。
センジュは数度目を瞬かせて、
「――――そっか」
にっこりと笑んだ。
どうしてそんなに嬉しそうな顔をするのだろう。思いながらサチは赤い顔でもう一度溜息を吐いた。
頬に添えていた手を放し、その手で柄の頭を叩く。
「次の角左」



「あらあらご苦労様!」
「いいえー」
出てきた町長の奥さんに回覧を差し出す。はい確かに、と受け取った奥さんが外を眺め、
「いいかげんに晴れないかしら。こう雨が続くといやになっちゃうわねえ」
困ったような風情で言った。
それを受けたサチと、引き戸の陰で待っていたセンジュが知らず揃って目を見開いた。
何故か返答に詰まったサチが、ようやくもって小さく口を開けた。



「・・・・あ〜・・・そう、ですねえ。なんと言うか、もし続いたら身がもたないかも・・・」









-----------------------------------------------------------------------------------


ブラウザバックお願いします。







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送